嫌われたくない
4日と5日、行ってきました、ジョアン・ジルベルト。
最初の2〜3曲は「咽、大丈夫かな」と思わせる感もありましたが、
それ以降は全く問題無し。最高でした。言葉もありません。
5日はギターのミスタッチ?も多かったけど、有り余る程大変良かったです。
初日は目がウルみました。
結局、前日の金曜に到着したみたいで、
一日寝て良くあのパフォーマンスができるなぁ。凄い75歳だ。
で、ライブ評みたいのは他の方が書くだろうから別にいいんだけど、
今回行って思ったのが、「僕らはジョアンに嫌われたくない」のだなぁ、と。。
ほら、良くあるでしょ。
好きで好きでたまらなかった女性(男性)に想いを打ち明けたら、
すんなりどころか物凄くうまく行って、でも自分のどこが魅力だったのか、
イマイチ自信がないから、嫌われたくなくて行動が消極的になったりとか、
なにもできなくなったりとか、そういうの・・・。
ジョアンも、僕らは待ち焦がれて焦がれてやっと日本に来てくれて、
そしたら凄く僕達の国を好きになってくれたみたいで、
地球の裏側から2度3度足を運んでくれて、
どうやらそれは「静寂」というものの美しさ/大切を日本人が重んじているかららしい、
そしたら今度は嫌われたくないからどうしよう、
何もできない、みたいな。。いや、別にしなくていいんだけどさ・・・。
いや、すばらしいのよ、聴衆もパフォーマンスも。
3回目だし静寂はなくなるのかな、とか思ってたんだけど、
みんなしっかり暗黙のルール守ってたし、携帯も鳴らなかった(と思う)
ただ、畏縮じゃないんだけど、なんというか、そういうのも感じたのね、僕は。
心無しか拍手のボリュームも、今までより小さかったような気がするし。
気のせいかもしれないけど・・・。
いやこういう事書くと、よくなかったのか?みたいな感じで思われるのが嫌なので、
もう一度書いておくけど、
本当に素晴らしかった。ジョアンのパフォーマンスも、聴衆も。泣いた。
ただね、もし僕達がモントルーのライブみたいに「フェリシダージ」で歌っても
別にいいと思うのね。自然発生的にうまれるものなら、それは美しい事だし。
ジョアンも日本が嫌いにはならないと思う。たぶん。
なんか、そういう風に思ってる人たちがたくさんいるはずなのに、
どうしても最初の一声が出ないのよ・・・。基本的に日本人がシャイってのもあるけど、
それプラス、もしかして嫌われるんじゃないか、とか思って手も足もでない、歯痒い(w
僕もその嫌われたくないひとりなんだけど(w
今までの拍手以上の方法で、ジョアンにありがとうと言いたい、日本の歌もありがとう!
でも声もかけられないみたいな(w
だからって、モントルーみたいに皆で歌いたい訳じゃないです。
どちらかというと静寂の中で聴きたい。なんだよ、どっちだよ。オレ。
2003/2004とかは「ジョアン〜」てかけ声かかったりしてたけど、
今回なかったしね(と思う)
いや、かけ声出せって言ってる訳じゃないのよ。むしろ出さなくていいんだけどさ。
ホント、どっちだ、オレ。
ただ、なんとなくそんな事を感じたので、書き留めておく事にしましたが、
よく分からない文章になっちゃった。
もう一度いいますが、最高でした。47列目は蒸し風呂みたいだった。
けど最高だった!
後半戦、水曜と木曜が楽しみ。
※こういう事ブログに書くのはやめようと思ってたんですが、今回だけ。
咳やくしゃみは季節柄しょうがない、自分がそうなる可能性もあるし、問題無し。
でも、どうして演奏中に飴のセロファンをカサカサ剥いたり(斜前)、
上着のファスナー開け閉めしたりする人がいるんでしょう(左2つ隣)
ジュルジュルジュル〜って(w
もちろん気を使って静かに剥いてるんですが、気の使い所が間違ってるんじゃない?
あの静けさの中だもの、よく考えて「拍手中(曲間)にすればいいや」とか思わないのかな?
4〜5分飴舐めなくても死なないでしょ(w
